音楽プロデューサーのブログ

とある音楽プロデューサーのブログです

音楽プロデューサーになるには

音楽プロデューサーになるには…

 

  1. 音楽プロデュースの歴史をしっかりと学ぶこと
  2. 特に1970年代の音楽プロデュースを参考にすること
  3. ここ40年間変わらないビジネスモデルに乗っかってきたことを自覚する
  4. インターネットによる時代変化を分析し新たな"CD"をつくること
  5. 音楽プロデューサーの仕事はいつの時代も良い音楽をつくって売ること
  6. 2020年〜の音楽プロデューサーは、音楽を"つくる"と"売る"、後者の仕組み開発も肝
  7. とにかく良い音楽(名曲・名演)をたくさん聴くこと

 

音楽業界は壊滅的な右肩下がり

「ぼのblog」は東京在住の音楽プロデューサーが書く個人的な備忘録です。最近、音楽業界が右肩下がり、もう少し具体的に言うと1990年代のピーク時に9000億あった業界全体の売上は今は2500億ほどと聞きます。もっと少ないんじゃないでしょうか。何にせよ焼け野が原で酷い有様です。バブルの恩恵、そしてCDという音楽メディアの誕生で市場は爆発しました。今では見事壊滅状態ですが、当時は目を開けられないくらいに眩しい音楽業界だったのです。今では考えられませんね。

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引用元:わずかに減退、再び3000億円を切る…音楽CD・有料音楽配信の売上動向(2017年)(最新) - ガベージニュース


音楽で生計を立てようとすることの現実

そんな業界にやって来ようというのは、あまりに奇特な人なのか、それとも真の天才なのかわかりませんが、経済規模が著しく縮小する国に意気揚々と飛び込んでくるわけですから、それ相応の戦略や強烈な"運"なくして音楽で生計を立てるということは難しいでしょう。出せば売れる時代ではない。昔も決してなんでも売れたわけではないですが、今よりも門口は開かれていたのは間違いありません。世界的に見ても完全に斜陽の産業なわけです。しかし、人間と音楽は原始時代から切っても切り離せない関係。人間世界から音楽がなくなることはありません。ただ、時代変化についていけずにビジネスの歯車が上手くハマりきっておらず経済循環が滞っている。それが今の音楽業界が抱えている問題なのです。

 

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引用元:基礎調査推移表/一般社団法人コンサートプロモーターズ協会:ACPC



音楽プロデューサーとはどんな職業?

現代の日本の著名な音楽プロデューサーといえば誰でしょうか。亀田誠治中田ヤスタカ、もう少し前だと小室哲哉の時代があり、更に前だと佐久間正英村井邦彦といった面々でしょうか。個人的には、かの 伝説的な作詞家なかにし礼 も小説の題材にしたTBSの音楽プロデューサー渡辺正文の昭和歌謡の全盛期である音楽時代が最も華々しく、豊潤であったと思いますが、今は数字としても、音楽業界の空気としても小さくまとまった感じがあります。激情型の人間が少なくなってしまったなァと寂しくなってしまいます。"渡辺正文、通称ギョロなべさんなんかは、貯金ゼロで妹と何人もの女達に囲まれて亡くなったと言いますから相当な暴れっぷりだったのでしょう。古き良き男と云いますか、そういう香りがあの時代の音楽業界にはあったものです。


砂田:そうですね。私の直属の部下にギョロなべくん(渡辺正文氏)というのがいて、これがまた極めつけの不良なんですよ(笑)。

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1970年代黄金の音楽プロデューサー像

時代錯誤なことを言いたいわけではなく、何を言いたいかというと、当時のギョロナベ時代は、日本の音楽業界を切りひらき世界に拮抗したまさに幕開けの時代だったわけです。「東京音楽祭」をつくり、フランク・シナトラを日本に呼びつけたりやることが兎角、豪快だった。そうしてその勢いのまま日本経済が駆け上がり、ソニーがCDを開発し、それを指揮者カラヤンが認めて一気に世界基準となった。音楽ビジネス黄金時代の幕開、そうして右肩上がりの音楽産業が育っていきました

凄かったのは、ギョロなべが海外を、私が国内大会を受け持ち、「東京音楽祭」という大規模な音楽イベントを立ち上げるんですよ。これは普通のサラリーマンじゃできないです。だってフランク・シナトラや、サミー・デイビス・ジュニアを呼ぶんですよ。ヨーロッパからもシャーリー・バッシーとか、スターになりかけた人を集めるわけです。

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40年間で錆びついたビジネスモデルを磨きあげるには

つまり今のようなご時世、音楽業界をまた右肩上がりにしようとしたら、あの頃のような豪快な勢いがもう一度必要なんじゃないか、というのが僕の持論です。だいたい、『CDを商品にテレビで音楽を売る』なんていう定型文は、1970年代に開発された販売モデルなわけですから、以降40年ほど業界はそれで食べてきたってことです。そろそろ大きなパラダイムシフトがないと反対におかしい。あの頃よりもより複雑化している世界ですから、勢いだけというよりは、世界視点の綿密な戦略も必要です。

川添:1990年代のピーク時に9,000億円あったレコード会社全体の売上が、今は2,500億円くらいですか? これがもしひとつの企業だったら倒産しています。様々な複合要因があるのでしょう。

*インターネットの進化によるDL が普及しCD売上が激減した。
 (それを広めたアップルの創始者/スティーヴ・ジョブスは僕はスティール・ジョブス<仕事泥棒の意>と呼んでます:笑)
*彼にならったバカモノオタクが暇に任せてやる違法DL がハビこった。
*音楽以外のゲ—ム娯楽や、スマホに夢中になり音楽をじっくり聴く時間が激減した。
*東北大地震原子力発電所の核メルトダウン恐怖、中国から飛んで来る黄砂公害や出鱈目し放題の違法DL、北朝鮮の核実験と幼稚なミサイル実験ごっこ...!! それを必要以上に恐怖をあおる日本のマスメディア(大笑)
* 安手な音楽番組しか創れない、日本のTV 番組制作状況、etc.....

しかし、現在の日本のレコード会社も「費用対効果」などといって極端に制作費をけちり、したがってろくに音楽の勉強もしていないアレンジャーもどきを安いお金で起用し聞くに堪えないTRACKを創る。おまけに歌手たちもド素人に毛が生えた様な連中を連れて来て、音程がおかしければ機械操作でムリヤリ電気的( ピッチコントロールという) 音程操作をして誤摩化す。要は安手のファーストフードのような作品を垂れ流しているとしか思えません。しかし、ファーストフードばかりに慣れている人たちも一度、本当に美味しいグルメバーガーを食べればその歴然たる差に気が付くはずです。要は送り手側がマーケットをナめているということなんじゃないでしょうか?(怒) 

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一番の商品であるCDが売れなくなった

90年代後半から世界で一気に普及した"インターネット"という技術進歩が関係してきて、音楽ビジネスはそれで致命傷とも言える大打撃を受けた。それは、ビジネスの根底であったCD音源が価値をなくしてしまったということです。平たく言えば、ファッション業界で言うと、「服」を買う必要がなくなってしまった。そのくらいの衝撃が業界全体に響きわたったのです。おそらくは1970年には誰もが予想していなかった自体が生じて、見事文字通り「音楽が売れなくなってしまった」のです。 

石坂:なかなか大変は大変ですが、前年度のパフォーマンスを維持すれば業界全体のレベルが量的に下がっているので、マーケットシェアは自ずと上がりますよね。それからデジタルは素晴らしいけれど価格が安すぎることとイリーガル・コピーの蔓延を誘発します。ですからパッケージは会社経営において売上確保、利益確保に絶対に必須です。これをコンバインしなくてはいけない。そのための戦略はレコード協会会長として考えたんですが、一つは共生戦略、もう一つは棲み分けの戦略です。 

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音楽プロデューサーの仕事は良い音楽をつくって売る

そんな時代が今です。ただ、音楽プロデューサーの仕事はいたって単純明快です。良い音楽つくって売れば良いのですただそれだけです。ですがそれがきっと針の穴に糸を通すような工程で、加えて70年代のような時代を切り開く力が必要です。80〜00年代のようにただ音楽をつくるだけでは無く、"売る"ための仕組み、つまり"CD"に取って代わるものをイチから開発しないといけない。そういう意味ではより刺激的な時代ではあります。過去の常識から解放されるわけですから、より自由です。2020年以降の音楽業界の再編、世界に通用する音楽を日本で生み出していくことが今世代の音楽プロデューサーの仕事なのでしょう。

川添:また、何故に世界に目を向けて日本のPOP MUSICの世界進出を積極的に行おうとしないのでしょう? ボクと村井邦彦さんは1979年に細野晴臣さん率いる「Y.M.O」で世界進出を果たし、ヨーロッパで100万枚、U.S.A で100万枚売りました。1980年にはYMOは日本でも「社会現象」的センセーションを巻き起こし、この年だけで52億円の売上を記録し、レコード大賞ベストALBUM賞を獲得、マイケル・ジャクソンYMOの「ビハインド・ザ・マスク」という曲を彼のSTAGEでカヴァーしています。その他欧米のMUSICIANS 達に大きな影響を与え、MUSICIAN's MUSICIANと讃えられている事はご存知だと思います。そしてなによりも「テクノポップ」という新ジャンルを世界に認知させました。

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2020年代に必要な音楽プロデューサー像

だいたい音楽プロデューサーになるには、という類の本にはこういうことは書いていません。それは過去半世紀のモデルからなかなか変化出来ない人間の弱さでしょうが、それでは右肩下がりを続けるばかりです。音楽プロデュースの歴史を把握し、今が変革期であることを知り、そして過去の変革期に学び、世界市場に打って出る音楽をつくり売る。これが2020年代の音楽プロデューサーの必要スタンスです。高度な技術と天性の音楽センスが必要な職業であるといえます。

川添:そうですね。そろそろいい加減目をさまして音楽の本質を大事にした作品を創る様にして欲しいですね。素人がはびこる音楽もどき作品は日本文化の幼稚化を招いている大きな弊害と言っても差し支えないのではないでしょうか? 海外ではすごく上手くても、若いとなかなか認められないんですよ。対して日本は素人文化です。これは異常現象です。日本には世界に通用する才能とスキルを持ったミュージシャンたちがまだまだ存在しています。今の日本のレコード会社はそれらのミュージシャンたちに活躍の場を与えず制作費がかからないという理由で素人の創る打ち込み低俗音楽を垂れ流してばかりで、じっくりと才能のある歌手やミュージシャンを育てていこうという姿勢が感じられません。僕に云わせてみれば「費用対効果」などという考え方はクソクラエです(笑)。

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大量の良い音楽を聴くこと

後は、また詳しく書きますが、反対に環境を利用すればこんなにも多くの名曲・名演を自由に聴ける時代が到来しています。とにかく、たくさんの良い音楽を聴きましょう。昔はそのyoutube一曲ですら、相応の金額が必要だったのです。JAZZ喫茶や中古レコード店に通うことなく、Apple Musicやyoutubeといったウェブサービスであらゆる時代、国の音楽を自由に聴くことが出来ます。存分に利用するしかありませんし、こんな時代だからこそ作れる良い音楽を作っていくことが、2020年代の音楽プロデューサーのやるべきことなのでしょう。

石坂:高校時代はやっぱりマニアックな友人がいて、新宿の国分という中古レコード屋さんに行くんです。そこには米軍のお古の45回転盤が100円で売ってたので母にお金を貰って、一枚一枚見ているのも面倒くさいから箱ごと買っていたらリッチー・ヴァレンスが手に入ったりね。その当時、輸入物をたくさん捉えていたのは銀座のイエナと原宿のキディランド、あとヤマハがありましたがこちらは楽譜になっていくんですよね。

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